昔、今よりずっと小さい頃に母親に蝉は何故7日間しか生きられないのか尋ねたことがある。俺は今より地面が近くて、小さな手で蝉の抜け殻を壊さないように気をつけながら握り締めていた。抜け殻のかさついた感触を今はもう覚えていない。
もう放課後だと言うのに太陽はまだ元気で、じりじりと焼け付くような日差しを俺たちに向けていた。四角く切り取られた日差しを浴びながら、木吉は窓枠に頬杖をつきながらグラウンドを眺めていた。油蝉がひっきりなしに鳴いている。だと言うのに、教室の中はとても静かで、まるで俺しか居ないような気になってくる。実際は、教室の入り口のあたりに、火神がいるのだろうけど。きっと、困ったような、戸惑っているような、そんな顔をして。
みんみんみんみんみんみん。油蝉が鳴いている。たった7日ぽっちの人生を、一生懸命鳴いている。俺たちの一生の、本当にほんの刹那しか生きれないのに。
「…昔な、なんで蝉は7日しか生きられないのかって、母さんにきいたんだ」
「せんぱい?」
「その時はまださ、土の下で七年も過ごすとか知らなくて、単純にすっげえちょっとしか生きれないんだって思ってたんだ」
「……は、あ」
背後で戸惑ったような雰囲気がした。何を言いたいのかも、なぜこのタイミングで言うのかも、わかっていないだろう火神は、それでもきちんと聴いていてくれた。それは火神の優しさであったけれど、同時に残酷さかも、しれなかった。
「だから、『きっと7日間で燃え尽きてしまうほど、恋しかったのよ』って言われたけどよくわかんなかった」
「………」
「でもさぁ、今ならちょっとはわかる気がするんだ」
「せんぱ、い」
「なぁ、好きだよ」
振り返った火神は、予想していたのとは違って、困ったような顔はしていなかった。なにかに、酷く怒ったような顔を、していた。
ずかずかと、いきり立ったように近づいてきた火神は、もとのコンパスの差からか、すぐに木吉の前に立った。じりじりと焼くような、視線が痛い。
「せんぱい、俺はセミじゃない」
「………うん」
痛いくらい真剣な火神の眼がすぐ近くにあって、俺は目を閉じた。柔らかい感触に、少しだけ泣きそうになったのをきっと火神は知らない。
土から出た蝉は土に戻れない。ただ焦がれた空に向かって、恋をする。そして死に逝くだけ。俺たちはもう、元の関係には戻れない。仲直り、なんて陳腐な言葉が、使われる日はきっとこない。だから、せめてこの7日間が永遠に続きますように。
仲直り(もともと直せるような仲なんて)(なかったのだけれど)
お題は神ちゃんから!いただきました
[7回]